中学生時代のクラス会 耶馬渓 no.1
2020.03.26 Thursday
新型コロナウイルスの影響で別府での
クラス会は中止。代わりに有志だけで
3月7日大分県の筋湯に行くことにしました。
中学校時代3年生の時のクラス会
先生が健在なのでこうして一年に
数回集まっています。
今年66才。人生に余裕ができてる
連中ばかり。
6人集まったので一台で移動。
この画像は福岡県築上町
ファリミーレストラン ジョイフル
製造・物流の新たな拠点「福岡センター」が
昨年から稼働しているようです。
今や九州中国以外には
近畿地区・関東地区まで伸びている
ファミリーレストラン ジョイフル
大きく伸びた会社です
ブログでもご紹介していますが
昼のランチは504円です。
福岡県豊前市で友達と合流
最初に行ったのは紅葉がきれいな
「耶馬渓(やばけい)」
競秀峰探索道になっていますが、
実は昔は生活道路でした。
今は河川工事で穏やかな流れですが
実は十数年前に大雨で川が氾濫
右の→の位置が当時の駐車場の位置ですが
現在は護岸工事をしてかさ上げしています。
この山の上に民は生活物資を求めて
この山間の道を歩いたのです。
ところが足を滑らせてそのまま川底に
数多くの犠牲者が出た道でも。
諸国巡礼の旅の途中に耶馬渓へ立ち寄った禅海和尚は、
この危険な道で人馬が命を落とすのを見て心を痛め、
享保20年(1735年)から自力で岩壁を掘り始めました。
禅海和尚は托鉢勧進によって資金を集め、
雇った石工たちとともにノミと鎚だけで掘り続け、
30年余り経った明和元年(1764)、
全長342m(うちトンネル部分は144m)の洞門を完成させました。
寛延3年(1750)には第1期工事落成記念の大供養が行われ、
以降は「人は4文、牛馬は8文」の通行料を徴収して
工事の費用に充てており、日本初の有料道路とも
言われています。
「青の洞門」の由来です。
赤枠の道には鎖がありますが、
こんせこの高さです。
わらじ一つで
しかも、雨の日には滑りやすい道
よ〜く見ると鎖が見えます。
現在では紅葉が美しい耶馬渓でした。
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posted by: ユーアイネットショップ店長ウチマル | 店長つれづれ日記 | 00:03 | comments(22) | - |